竹林国語塾(ちくりん国語塾)
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個別指導の竹林国語塾


塾設立の背景・動機


 
国公立大学医学部受験においては大学入試センター試験で合計9割以上とらねばなりません。しかし、国語ができないばかりにそれがクリアーできず、涙を飲む受験生を毎年予備校で見てきました。国公立大学医学部受験では国語が実は鍵になるのです。また最近指導した例で、自分は数学等苦手教科があり一般入試で国公立大学医学部を目指すよりAO入試の方が有利と判断しそれに焦点を定め、高知大学医学部に年内に合格を決めた子がいました。そのAO入試の内実は長文の読解問題であったり、それを要約させた上で自分の意見を述べさせたりと、要するに国語力が中心になるものなのです。このような入試方法も今後益々増えていくことが予想されます。

 また
司法試験を受験するにしろ、最近の択一式試験の長文化からして、知識だけでなく、高度の読解力・論理的思考力・事務処理能力が要求されています。論文試験では表現力がさらに要求されます。ロースクールの適性試験にしても同じことです。灘高校と京大法学部にともに一番で合格し、四年で司法試験に合格した京大生から聞いた話です。司法試験に合格してから論文試験の答案練習会(模試)の採点バイトをしていて、自分より知識はあるくらいなのだが、なぜここに「しかし」と書くのか、多分この人はいくら勉強を続けても合格しないだろう、という答案が山ほどあるというのです。自分の頭で思考ができていればそんな論理ミスは有り得ないものですが、テキストの真似をして書こうという意識しかない、つまり自分の論理的思考に自信の持てない人達がたくさんいるということです。国語力が法曹になるための必要条件になっているのです。また別の教え子で、現在司法修習生をしている子の話ですが、司法研修所では一日がかりで膨大な資料を読み込み、すぐ起案をする練習を日常的にさせられ、国語力がないとやっていけないとのことです。

 さて、
小学生の中学入試の国語と、大学入試の国語や司法試験あるいはロースクールの適性試験とで、技術論において何ら違いはありません。その違いは、文章内容と文章量の違いに過ぎません。大学受験の現代文を教えていてつくづく思うのは、小学生の時にきちんとやっていればこんなに苦労しなくても済むのにということです。将来どの道に進むにせよ、小学生の時に何をおいても国語をきちんとやっておくことが必要だと思います。国語力のような全ての教科の基本になる能力の養成は、基本的な脳が出来上がってからでは手遅れだからです。先ほどの京大生は「現代文は高校になって学校の勉強以外に特別に勉強したことはなかった。ただ、小学生の時にはかなりやらされた」と証言しています(ちなみに彼はかなり田舎に住んでいて、灘中学レベルの算数を教えられる塾が当時近くになく、灘中学には合格できなかったそうですが、中学になって私がかつて教えていた進学塾で学び灘高校に合格しています)。

 今まで数多くの親御様の学習相談を塾でさせて頂きました。ほとんどの方が目先の塾のテストの点数にとらわれ、とりあえず点数の取れる教科の勉強を優先し、勉強の仕方のよくわからない、しかもすぐに点数に表れない
国語の勉強を敬遠する傾向にあります。東京・関西よりも名古屋で特に痛感します。中学入試はそれで乗り切れたとしても、大学入試はどうするのでしょうか。そういう子供達は中学以降も同じように、いや、小学校の時以上に国語学習を後回しにし続けます。他の勉強が忙しいですから。その結果大学入試で失敗します。

 実際、大学受験生を指導していて気付くことがあります。
小学生の時の読書体験なり国語の勉強なりがきちんとできている子は国語の能力が高く、少しの指導で安定して高得点がとれるようになります。その他の多くの受験生は東海高校出身の受験生でさえ今までまともに国語の勉強をしたことがないといったことが多く、国語が合格の不安定要因になっています。それに早くから気付いていらっしゃった開業医の方の娘さんの家庭教師をさせて頂いたことがありましたが、京都大学医学部に現役で合格しました。小学5年生の時からですが、彼女が中2の時にセンター現代文をやらせてみたところ満点を既にとっていました。ご自身の経験を踏まえ、早くから国語の対策を立てておられた親御さんの作戦勝ちと言えるでしょう。

 もちろん大学生になってからでも論理的思考能力の向上だけなら可能でしょう。しかし
正確な読解の「速さ」というものは高校生・大学生になってから身に付けるのは極めて困難です。高校生・浪人生で読むのが遅いのですがどうしたらいいですかという質問をよく受けます。もしその「遅さ」が知識不足だけに起因しているのであれば、入試に出る「ネタ」の知識を教えてやることで速く読めるようになります。しかし、多くの場合は「遅く」しか読めない脳を作ってしまったのだから速く読むことは諦めなさい、その代わり遅くとも正確に読むことを心がけなさいと指導するしかありません。特別な速読の訓練をする時間はないわけですから。

 
「速く」「正確に」読めたらどれだけ仕事の幅が広がるでしょうか。その能力は小学生の時に既に決定されているのではないか、というのが小学3年生から大学生まで幅広く教えてきた私の感想です。脳が出来上がる前の幼い時にしっかり国語力を子供につけさせてやるのは親の責務であり、子供への何よりの贈り物だと思います。現実的な意味でも精神的な意味でも将来一人で生きていく力になるからです。

 私は司法試験受験に失敗し、25歳の時から現在まで常にその道の最大手と言われる塾や予備校でたくさんの受験生に教えてきました。初めは小学生・中学生を対象に灘中・灘高に合格者数一番を誇る関西の塾に七年いました。その後大手予備校に移って11年経ちます。現在は、名古屋で小学生を週一日、残りの六日は名古屋・大阪・神戸で高校生・浪人生を対象に教えています。長年教えてきて、小学生と高校生・浪人生の違いを感じることが一つだけあります。高校生・浪人生は解き方の質問をしてきますが、小学生はこの記述はあっていますかという質問しかしてこないということです。それは高校生・浪人生は抽象的に方法論を使って解くことに慣れているのに対して(例えば、数学のXという概念を使っている)、小学生はそれに慣れていないからでしょう。発達過程の相違もあります。
高校生・浪人生は方法論を教室で教えられれば後は自分で勉強できるのですが、小学生は自分一人で論理的な国語の勉強をするのはほとんど無理だと思います。したがって、小学生の授業をしているといつもある限界を感じます。今は理解できているけれども、僕の言ったことを家で繰り返し練習しないんだろうな、一週間経てばまた同じミスを繰り返すのだろうな、と思いながら口頭で注意する他どうすることもできないのです。毎日指導できませんから。

 
小学生が国語力をつけるには、親御様が毎日繰り返し論理的な説明・アドバイスをお子様に施し、論理的に考えるのが癖になるように仕向けるのが一番確実であると私は確信しています。子供を「門前の小僧」にしてやるのです。小学生の頭はまだ抽象的思考に弱く、具体的思考です。しかし、だからといって論理的思考ができないわけでは決してありません。子供をなめてはいけません。あれだけ難しい算数をあれだけ速く解くのですから。ただ、抽象的に文章のパターンや全体構造を認識したり、抽象的にいつも同じように設問を解いたりすることを放っておくとしないだけです

 他の教科は小学生といえども自分一人で勉強できます。しかし、国語は自分一人でやっても能率はあがりません。毎日毎日親御様が、お子様が論理的に考えるのが条件反射になるよう、反復して教えないといけないと私は考えています。したがって、
国語は塾任せにできないのです。週に何度か授業を聞いているだけでは絶対に力はつかないと思います。自分の頭で考え、それが正しい思考であることを確認していくことをひたすら毎日繰り返しているうちに、自然に論理的思考が身についてくるものです。それは一度身に付いたらなかなかとれるものではありません。ただ間違った考え方を教えると、大人になってもなかなかその思考方法はとれませんから注意が必要です。

 とはいえ、
国語の教え方に素人である親御様がどうやって毎日教えればいいのでしょうか。家庭教師を雇って毎日来てもらえばいいのでしょうか。たしかに本当のプロならいいと思います。しかし、そんな人がどこにいるのでしょうか。まず見つからないと思います。私はかつて家庭教師もかなりやりましたが(最近は小学生のころから浪人生まで十年間通わせて頂いた著名な弁護士のご子息が最後ですが、一人の子供から大人への成長過程を見ることができたのは本当に幸せでした)、小学生を教える時には必ず、親御様に同席して頂きました。私が教えている内容やお子様の理解の様子を知って頂きたいこともありましたが、何より次に私が伺うまで親御様がどう教えたらいいのかを知って頂きたいからでした。

 この度個別指導の国語塾を開かせて頂くのは、長年の夢でもありますが、私の小学生を教えていてのフラストレーションを解消する意味もあります。
小学生においては親御様もお子様とご一緒に授業を受けて頂き、授業内容を家庭学習に反映させ、考え方や知識を定着させて頂きたいと思います。高校生・浪人生は私の授業を受講することで自分で考え、力をつけています。小学生は毎日習う学校の先生がきちんとやってくださるところはいいのですが、なかなかそうもいかないのが現状です。進学塾に通われても、国語はなかなか効果がでません。実際に教えている私がこんなことを言うのも変な話ですが…。授業でいくら考え方なり解き方を教えても、それを家庭学習で小学生は定着させようとしないのです。算数であれば思考過程をすべて式で書くのを強制されますから、授業内容が式という言葉で反映されます。国語の場合も式を書けばいいのですが、言葉が多すぎて書くのは面倒ですし、結局抽象的にいつも同じように解こうとしないのです。かつて教えていた関西の塾でも、灘中学受験指導で算数は塾生が全体的に伸びるが、国語は誰が教えても全体的にあまり伸びないのはなぜかということがよく問題になっていました。

 小学生において、竹林国語塾は、私が監督、親御様がコーチ、お子様が選手の役割をしっかり果たす場でありたいと思います。お子様の性格・能力・進度はそれぞれ違います。
お子様に合った勉強を責任をもって見極められるのは親御様しかいません。私はそのお手伝いを個別指導の形でさせて頂きたいと思います。

 
大学受験生には普段おこなっている予備校の大教室での授業を、一対一の個別指導でより丁寧に展開します。




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